【トラウマ】こどもの前で夫婦喧嘩はしてはいけないと思う。

雑記

クリスマスは宗教儀式だけれど、日本は多文化を取り入れるので、ほんとお祭りですね。
日本人らしくて、いいと思う。
ピザ焼いて、チキン食べて、シャンパン飲んで、プレゼント交換して・・・普通に楽しいですよね。
こどものころは、サンタのお菓子の靴にもれなく足を突っ込んでいました。
絶対、足入らないけど(笑)
たぶん、今年もクリスマスらしいことはしません。
でも、来年のクリスマスこそ、ピザとケーキとチキンとシャンパンでクリスマスを楽しみたいです。
さて、昨日の続きです。

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こどものころの記憶

こどもの頃のこと。
父が怒って母を叩いて、幼稚園児の私はそれを止めに入って父に蹴られました。
母が赤ちゃんだった妹を連れて出て行って、私は泣きながら父に「絶対に鍵は閉めないで」といって、暗い道をさまよいながら母を追いかけ、公園で泣いてた母を連れ戻した、あの時の記憶がふっと蘇ります。
あの時私は「何があっても母にはついていくけれど、なんで母は父を怒らせるようなことをするんだろう・・・」

そう思っていました。

当時、母はある新興宗教に入信し、熱心な信者でした。
入信のきっかけは、妹の病気です。

赤ちゃんの妹が、ひきつけを起こし、そのことを近所の人に相談したのでした。
今思うと、高熱から来た熱性けいれんを起こしたのではないかと思います。
その時母は、てんかんを起こしたと思ったんじゃないかな・・・

私は幼稚園児なので、一切の経緯を知りませんでした。
ただ、ある時からよく出かけるようになりました。
幼稚園の参観日などにも来てくれず、代わりに来たのはその教会の信者のおばさん。

幼稚園の親子遠足も、私だけ先生と食べました。
母は妹を連れてあちこちでかけていました。
施設に泊まることもありました。

熱心な信者です。
そんな日々の中、父はイライラを募らせていたのだと思います。
会社の人を連れてきても、夜なのに家にいない、なんてこともあった記憶があります。
お酒に酔って怒鳴り散らす日もあました。

こども心に辛い日々でした。

20時過ぎて就寝時間になって2階に上がった後、父が怒らないか、耳を床にあてて、下の様子を伺いながら寝る日もありました。

そんな毎日でも、母は熱心に布教活動を行っていました。
怒ることも多かった父ですが、文句を言いながらも最低限の宗教行事に、父も行っていました。

それさえ参加していれば、父にとってはある程度我慢できる範囲だったのかもしれません。
このこと以外は、普通の家族の姿も見せてました。

休みの日には家族で買い物に行ったり、夏休みには旅行にも行ったし、楽しい思い出もたくさんあります。

こどものころはすぐ怒る父が嫌いでした。
でも、車の運転が好きで、車であちこち遊びに連れて行ってくれて、家族サービスもしてる、

ギャンブルもしない、お酒に酔うとキス魔になる。
父は家族を大事にしていたし、母のことも愛してたんだと思います。
実際、還暦を越えたいまも母のことは好きらしい

ほんとは、やめさせたかったけれど、熱心に信仰をする母を、父はやむなく受け入れたんだと、大人になった今ならわかります。

母だって、ほんとうにみんなの幸せを願って人の幸せを願って、信じて課せられたノルマを果たそうとしていただけ・・・

それでも私が小学生のうちは、まだよかった・・・
私が本当にしんどかったのは、この後です。。。
なんか書いてて、自分の親をディスってる気分になってきましたが、私は父も母もきょうだいも、家族みんなが大好きです。
あの時、母が相談した隣の家のおばさんが、この宗教にはいってなかったらな~・・・
ちなみに、このお宅は過去記事に登場しています。

取り立て屋と会話したこども時代の話

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